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みやちゃんの絵日記

サンフランシスコツアー


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7月12日

今日はパパといっしょにサンフランシスコへ遊びに行きました。
フェリービルというところから船にのりました。小さいけどかっこいい船です。でも、エンジンの音がうるさかったです。パパは私の手をひいて、船の中を歩き回りました。
 遠くの方に長くて赤い橋が見えました。
「ほら、あれがあれがゴールデンゲートブリッジだよ。記念の写真をとろうね」
 パパが言いました。


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猫のスミエとサイトーとマックスといっしょにインターネットの写真で見たときは、たった5センチの長さだったので、小さな橋だと思っていました。でも、ほんもののゴールデンゲートブリッジはびっくりするほど大きくてちょっと怖かったです。家に帰ったら、スミエたちに教えてあげようと思います。





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パパがゴールデンゲートブリッジの歴史をおしえてくれました。何年も前にモスラがサンフランシスコに来て、ゴールデンゲートブリッジを壊したそうです。それからメガシャーク、巨大タコ、虫の怪獣、エイリアンもサンフランシスコに来て、この橋をぐちゃぐちゃにしてしまったとパパが言いました。
こんなに綺麗な橋を壊してしまった怪獣はとても悪いと思いました。

だから、怪獣島にいるゴジラさんに手紙を書きました。
「サンフランシスコに悪い怪獣が来たら助けに来てください。でもゴールデンゲートブリッジは壊さないでください。どうしてもアメリカであばれたかったら、よその街へ行ってください。ニューヨークのマンハッタンはどうですか? もしもゴジラさんがそこに行ったら、マグロを沢山もらえるだろうとパパが言ってました」



7月15日

今日はサンフランシスコ港(みなと)の横にある水族館へ行きました。ホオジロザメさんに会いたかったけれど、ネコザメさんしかいませんでした。
水そうの中を見ていたら、ネコザメさんがよってきたので、ホオジロザメはどこにいるのかとききました。

「ちょっと前なら覚えちゃいるが、一年前だとチトわからねぇなぁ。三角背びれの男だって? ここにゃたくさんいるからねぇ。わるいなぁ、他をあたってくれよ。あんた、あいつのなんなのさ」


こんどは別のネコザメさんがそばに来て教えてくれました。

「半年前にやめたはずさ。アタイたちにゃあいさつなしさ。スピルバーグにスカウトされたってさ。そりゃもう大騒ぎ。ハリウッドのドル箱スター。こんなとこにいるわきゃないよ。あんた、あいつのなんなのさ」


そういうわけなので、ホオジロザメさんには会えませんでした。その代わりに、パパがサメのぬいぐるみを買ってくれました。



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7月17日

 今日は良い天気です。だからパパと一緒にケーブルカーに乗ってノブヒルまで行きました。
ケーブルカーを降りると、海が見えました。青い海の真ん中に白い島がありました。

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「あの島はなに?」
 私が聞くとパパは少し怖い顔になりました。
「あそこはな、泣く子も黙る鬼の看守に支配された恐ろしい島だ。世間じゃアルカトラズって言ってるが、ギャングのあいだじゃロックって名で呼ばれてる監獄島だ。島の周りにゃ、電流の鉄条網がぐるぐるよ。おまけに監視の目が厳しくってな。海にゃホオジロの旦那が大口あけて待ってるからな。鼠一匹逃げ出せやしねぇ。いいか、ミヤ。よっくきくんだ。オメェだけはあそこに入るんじゃねぇぞ。入ったが最後、二度とシャバの飯は食えねえ。泣いてもわめいても誰もたすけちゃくれねぇ。あの島にはな、慈悲も慈愛も、そんなもんはかけらもねぇ。よっく覚えとけ。忘れるんじゃねぇぞ。おっと。そうだそうだ。そういえば昔、一人だけ脱走したのがいたな。監獄の壁に穴掘ってな、まんまと逃げ出しやがった。そのあとは、サンフランシスコ市警の殺人課にいって刑事になったって話だがな」

 パパはまぶしそうな目で島を見ていました。そのとき風が吹いて、パパの髪の毛がちょっとリーゼントみたいになりました。

  今度から、パパとママに怒られてお部屋に閉じ込められたときは、壁に穴を開けて逃げ出そうと思います。





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続・カフェメモワール『カーボーイビーンズ』

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サンフランシスコの夕暮れどき。ダウンタウンはうっすらとした柔らかな霧に包まれていました。今日は金曜日。ジョンとマリアのデートの日です。ふたりはいつものカフェ『ル・リージェンシー』で、大きな皿に盛り付けたアンチョビのピザを分け合いながら、西部劇の話をしています。

「ねぇ、ジョン、OK牧場、見た? ドク・ホリデー、かっこいい」
「ああ、カーク・ダグラスの映画か? 彼は最高だな。だけど、ジョン・ウエインのほうが好きだな。なんたって僕が子供だった頃のヒーローだからね。『リオブラボー』知ってるか? 小学校の頃はジョン・ウェインの真似をして、学校が終わると毎日カーボーイごっこして遊んだなぁ。みんな保安官になりたがるんだ。アウトローのガンマンはいなかったけど面白かったよ」
ジョンは、まだ英語に不慣れなマリアのために言葉を区切ってゆっくり話します。
「それ見た。『皆殺しのバラード』レコード持ってるよ。ねぇ、それなら、あれ、知ってる?」
 マリアはいつも突然質問します。サンフランシスコの本屋さんに置いてあるどんな優れた辞書よりも詳しく丁寧に、しかもマリアにもよくわかる絵本向きの英語で説明してくれる百科事典。それがジョン・ロウ巡査です。なんといっても嬉しいのは、24時間無料で使えて、おまけに歩いて喋るのですから。マリアにとっては手放したくない貴重な辞書です。
「オッケー。クエスチョンタイムか。それで、なにが知りたい? あれって何?」
 ジョンが訊きました。
「あのね、カーボーイが食べてる。映画の中で。缶詰。夜、外でバーベキューしてる時。みんな、食べてる。缶詰、あれ、何食べてる?」

 マリアは高校生の頃から西部劇の中でガンマンたちが焚き火を囲んで食べている缶詰の中身が気になって仕方がありませんでした。今ならばインターネットで調べることもできますが、当時はそんな便利なものはありません。わからなければ図書館で調べるか友人に尋ねるか。でも、マリアの周りにいる日本の友人たちは西部劇には興味がありません。一人だけジュリアーノ・ジェンマの大ファンで彼が登場するマカロニウェスタンは全て見たという友人がいましたが、彼女に尋ねても「わからない」という答えしか戻ってきませんでした。
 それから数年後、日本から8000マイルも離れた海の向こうで、ついにマリアは缶詰の中身を知っている男性と巡りあったのです。

「ああ、あれか。知ってる知ってる。あれはビーンズだよ。なんだ、そんなことか」
 ジョンはマリアの顔を見て、呆れ返ったようなおどけたような表情で笑いました。マリアの頭の中で突然浮かぶ”クエスチョンマーク”は、ジョンにとっては幼稚園児の質問です。今度こそはもう少し難しい質問かとささやかな期待をするのですが、いつも結果は大笑い。警官の仕事で疲れた心をスっと癒してくれる質問です。といっても、アメリカの漫画『珍犬ハックル』に登場する間の抜けた悪役が考えそうな質問ですが。
「ビーンズ? どんなビーンズ? それ、ナットウ(納豆)みたいな大きさ?」
 マリアから次の質問が来ます。納豆の話が出た途端にジョンの眉間にしわがより、
「ルールその1、頼むから、僕の前で、ナットウのことは言うな、見せるな、食べてくれるな。わかったか?」
マリアはいたずらっぽい目で笑いますが、頷きません。ジョンは僅かに右眉を釣り上げて話を続けます。
「とにかく、あんな恐ろしい臭いのするビーンズじゃないよ。あの缶詰はカーボーイビーンズ。ジョン・ウェインの映画ならたぶんチリビーンズだろうな。彼の好きな料理だからね。肉と野菜をいれて豆と一緒に煮込むんだ」
「それ、ナットウよりおいしい?」
 マリアは何食わぬ顔で言います。
「ああ、最高。デリーシャス! 最高にグッドだ。トマトソースで煮込むとすばらしく旨いぞ」
ジョンは指を丸めた右手を口の前に持って行き、それから目を細めて、「フゥッ」と静かに息を吐き、花が開いたようにゆっくりと指を開きます。これがジョンが考えた「taste good(おいしい)」を意味するハンドサイン。マリアは目をまん丸にして頷きます。
「それ、作れる?」
「作れるよ」
「ほんとに?」
「ああ、ホントだ。食べたいのか?」
「食べたい」
 マリアが言うと、ジョンは大きく頷きました。
「よし、オッケー。それなら作ってやるよ」
「ほんとに?」
「ホントだ」
「絶対に?」
「あんなの簡単だよ」
「毎日作れる?」
「いいよ。だけど、毎日食べたら飽きると思うけどな」
「わたし、豆なら毎日でも平気。毎日食べたい」
「よし、わかった。毎日だ」
「約束する?」
 マリアは真面目な顔で訊きました。
「僕を信じろよ。嘘ついたことあるか。本当に本当だ。絶対に嘘じゃない。だけど毎日食べたかったら、毎日、僕のアパートに通うか? そんなの面倒だろ。どうする? 一緒に暮らすか?」
 今度はジョンが真剣な顔で訊ねました。マリアはにっこり笑い、少しだけ考えて、最近ジョンから教えてもらった警察無線用語で答えました。
「テンフォー、テンテン(OK。メッセージは受け取った)」

 そうして二人の新しい生活が始まりました。


 マリアの荷物が全てジョンの部屋に収まった日、引越し祝いも兼ねて、ジョンは約束通りカーボーイビーンズを作ってくれました。ジョンが言ったように本当に簡単な料理です。スーパーに行けばトマトソースで味付けしたビーンズの缶詰が売っているのですから。缶切りさえあればあっという間に出来上がりです。
 
 ジョンはマリアのために毎日、ビーンズの缶詰を買ってきます。豆好きのマリアとはいえ、日本の煮豆とは違う味付けのカーボーイビーンズが連日、皿に載っていると、ため息をつきたくなりますが、「もういらない」とは言いませんでした。



 そうして数ヶ月が過ぎたある日のディナータイム。ジョンが盛り付けてくれたカーボーイビーンズをつつきながらマリアはふっと思いました。
――あの日、『ル・リージェンシー』でジョンが言った言葉はプロポーズだったんだ。


 国籍も言葉も違う二人を結んだ小さなビーンズ。
ささやかな料理が縁結びの神になる――人生には時々そういうことが起こります。

 


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(おまけ)
これ好き



ミニミニ劇場『信長』

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 永禄三年、時、五月。
 駿河の国(静岡県)の大名、今川義元がワッサワッサと二万五千の大軍を引き連れて尾張の国にやってきた。
 今川義元といえば、遠江、三河をも支配する名門中の名門。やがては京都に上って天下に号令しようというのが望みであった。尾張国を侵略し、信長みたいなペッペーはさっさと潰してあとはこき使ってやれと。
 ところが我らがウルトラスーパーセクシーヒーロー信長が「うん」と言うわきゃない。
「ワシ、あんた嫌いだぎゃ。あんたの言うことなんて聞かせんよ。はよ、くたばりゃぁ」
 これを聞いた今川義元。
「ガォーーーーゥ!」
 っと吠えると放射火炎を撒き散らし、
「戦いじゃーーー! 桶狭間で待っとるぞ!」

 かくして信長、人生最大の危機を迎えたのである。
 今川軍二万五千VS信長軍たった2千ぽっち。これで信長、一体どうやって勝ったのか?
 二万五千の今川軍にたった二千の軍勢でまともに戦ったら、あっという間にお陀仏である。こんな作戦では、後々、歴史の教科書に「やはり信長はアホであった」と書かれるのがオチである。ところが信長はアホではなかった。
 細作(ジェームズ・ボンドみたいなスパイのこと)を送って今川軍の寝床を調べ、そこを襲ってやっつけたのである。
 木下藤吉郎がひいてきた愛馬薄雲にまたがり、ハイドゥドゥハイドゥドゥ。
「出陣じゃぁ!目指すは今川、大将の首。いざ、桶狭間ぁ~~! 」

 突然寝床を襲われた今川軍。あたふたあたふたと慌てるばかり。
「今川義元殿、お命頂戴!」
 服部小平太に槍を突きつけられた義元は、ヤーッとばかりに太刀で槍を切り落としたが、そこに居合わせた 毛利新介にバッサリ首を斬り落とされた。
 永禄三年五月十九日、かくして桶狭間の合戦は信長軍の勝利で幕を閉じたのである。
 
 あの名門、あの大軍を引き連れた今川義元がおっ死んだ。信長軍、ヤンヤヤンヤの大喝采。うつけ者信長が、いよいよ天下にその名を轟かす時が来たのである。それからというもの、我らがウルトラスーパーセクシーヒーロー信長は、天下を取ろうと年がら年中戦ってばかりいた。
 
 メッチャ強かった美濃国を取ってからメキメキと力を付け、刃向かうものは何であってもズッタズタ。比叡山延暦寺を焼き払い、室町幕府まで潰してしまった。

 さて、お立会い!
 我らがウルトラスーパーセクシーヒーローの前に強敵が現れた。武田勝頼。無敵の最強騎馬軍団。その数、一万五千!

 天正三年梅雨の頃。今の暦で春、五月。風は穏やか。本日は晴天ナリ。長篠の合戦のはじまり、はじまりぃぃぃ!
 信長軍、武田の軍団を木の柵でくい止めて、三千丁の鉄砲で撃ちまくる、撃ちまくる。
 信長軍の連続射撃の前にさしもの最強騎馬軍団も成すすべなし。バッタバッタと倒れていった。
 恐るべし。信長鉄砲隊。

 信長の野望はとどまるところを知らず。天正四年、安土城を築き、天下統一に向かってレッツゴー!



 しかし、悲しいかな、スーパーヒーローといえども、寄る年波にはどうあがいても勝つことはできない。信長は四八歳の中年のおじさんになっていた。

 天正十年六月二日の夜明け前。所は京都本能寺。
 信長に代わって天下を取ろうとした明智光秀の軍に襲われ、信長の命ももはやこれまで。信長とラブラブだったと噂のある森蘭丸、力丸、坊丸もやられていく。

「ワシはもうだめだぎゃ。おあと、よろしく。わしゃ、そろそろ死ぬでよぉ」
 と、言ったか言わぬかはわからぬが、我らがウルトラスーパーセクシーヒーロー、天下を望んだ信長の最後。燃え盛る本能寺にて、見事、腹かっさばいて果てたのであった。

                           (おしまい)



       **********************************
あとがき

これは、息子が小学校の五年か六年の頃(いまから15年くらい前)に書いた話です。今頃、古いノートが出てきたので、懐かしくって投稿しました。(ちょっとだけ修正。ほとんど当時のまま)。
今読み返すと、非常に穴だらけの、中途半端な話です。息子(現在26歳)に見せたら、
「信長の人生三分クッキングみたいな話だな」と言われました。
何がしたくて、こんな話を書いてたのか、よく覚えてないですが・・・
たぶん、息子の社会科のテストがあまりにも悪かったのが理由かもしれない。
面白い話を作れば、少しは歴史に興味を持つんじゃなかろうかと思って書いたんじゃなかったかな。
なんで、信長がウルトラスーパーセクシーヒーローになってるのか??
覚えてないです。たぶん、その頃、信長のファンだったのかも。

このノートになぐり書きしてありました。

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静夜思

静夜思
 ―ささやかな美を巡る随想―

 秋の夜は時がまったりと過ぎていく。部屋はほどよく暖かい。猫はストーブの前で丸まり、夢町三丁目あたりまで行ったご様子。しばらくは手を噛みつかれる心配はない。この部屋で動いているものといえば、湯呑から立ち上る薄い湯気。せわしなく上がっていく。ゆらゆらとは上がらない。シュッシュポッポと上がっていく。何か新しい発見をしたような心持ちになって、どうでもいいことを書いてみたくなった。

一体何から出た煙ならゆらゆらと上がるのか。気になるとあれこれ試してみたくなるのが性分である。蝋燭に火をつけた。炎ばかりが大きくてしばらく待ったが煙が出ない。息子の吸う煙草をじっと見る。これはゆらゆらではなくモワモワである。線香に火をつけた。こちらは湯気よりも忙しい。置いていかれては一大事とばかりに上がっていく。
 煙は灰色とは言うが、本当にそうなのか線香から立ち上る煙をじっと見つめた。煙草の煙と同じ色のように思う。それならばこれも紫煙というのだろうか。しばらく見ていたが紫がかっているようには見えない。紫だ、紫だと暗示をかけつつ、その一方で、これが紫に見えたら脳の中で困ったことが起こっているのだと妙なことを考えながら煙を見つめた。一条の煙には濃淡がある。濃い灰色から薄い灰色へ。源氏鼠、白鼠、白梅鼠。昔の人は粋な呼び名をつけたものだ。この頃の色見本には無機質な数字と英文字の羅列があるばかり。これでは風情の「ふ」の字も浮かばない。

 線香が日本に伝わったのは安土桃山時代と言われているが、昔も今も、人工的に色をつけたものでない限り自然の煙は濃淡を帯びた灰色である。そんなことはいまさら言うまでもない話だが、今夜、線香の煙を見て、ああ、やっぱり灰色だったのか、しかも濃淡まである、これが煙の姿かと悟りを得たような気になった、と言いたいところだが、もとより自分は坊主でもなければ禅の修行などしたこともない。悟った瞬間、どういう風になるのかは見当もつかない。複雑な方程式の解をついに見つけた時のような爽快感もあるだろと想像するばかりである。案外、「あ」の一言で終わるほどあっけないものなのかもしれない。

 禅の修行は悟りを得ればそこで終わりではなく、そのまた更に先まで行かなければならないという話を茶道の本で読んだことがある。悟ったという心すら消し去ったところまで辿りつくと、『山是山水是水(やまはこれやま、みずはこれみず)』という心境になる。そこまで来て初めて、あるがままのものをあるがままに受け入れることができ、そのものに備わった本当の姿と美しさが見えてくる。それと同じ意味で、一休禅師はこんな歌を詠んだ。

   見るほどにみなそのままの姿かな柳は緑花は紅

 あるがままに見よとは実に簡単な教えである。ところが浮世小路を彷徨ううちに、見るもの見えず聞くもの聞こえず、丸が三角、三角が四角に変化(へんげ)することしばしば。そうなると物事は複雑怪奇の相を見せ、ややこしいことこの上ない。もつれて絡んでこんがらがって、快刀をもってしても乱れた糸を切ることができない。絡みついたままもがいてもがいてお陀仏となる。色即是空、空即是色。合掌。
 火のついた線香のそばにいると、話まで線香臭くなってきたが、それもまた一興。何といっても坊主言葉は字数削減に具合がいい。
線香の煙は黒い衝立を背景にして同じ方向へ流れていく。夜空にかかった薄雲のようで、これは着物の柄に良さそうだ。線香を手に持って板の前で右左と動かしてみた。手の動きにつれて煙は細くなったり太くなったり、突然、二股に分かれて蛇行する。煙の描く線には角がない。その緩やかな曲がり具合は天女の羽衣のようでもある。天女ならば、この煙にはもっと色っぽい名前がいいだろう。何が良いかと考える。しばしの沈黙――
 閃いた。
 線香の煙の色は、艶かしき春の夜に、もわんと霞む月の色。朧月色と名付けよう。煙の羽衣は板を通り過ぎたところですっと消えてしまう。その場所に天界への入口でもあるのだろうか。指を突き刺してみた。何も起こらない。指は指のままでこの世に留まった。

「阿呆と煙は高い所へ登りたがる」というが、線香の煙で羽衣を描いて楽しんでいるのも阿呆である。ときには阿呆になるのも宜しかろう。何やら心が軽くなる。ゆらゆらを探していたはずだったが、もうどうでもよくなった。

 外で虫の声がする。俳句を一句ひねってみようか。虫の音にしばらく耳を澄ましていると、頭の中で鳴いているような気がする。鈴虫のように「リンリン」と鳴けば風情もあるが、今夜の虫は「ザ」行の高音。耳鳴りなのか虫の声なのかわからなくなってきた。本当に虫が鳴いているのかと思い窓を開けて外を見た。鳴いている。あらゆる所で鳴いている。秋の夜を埋め尽くすほどに鳴いている。それほどまでに聞こえるのに喧しいとは思わない。蕭々と降る霧雨の色を感じる。この風景を絵にするならば、仕上げに銀粉を撒き散らすのも面白いかもしれない。音にも色がある。色が見えれば詩ができる。一句浮かんだ。

   夜もすがら草木潤す虫時雨

 天空の高いところに月が出ている。京都に『残月亭』という表千家の茶室があるが、秀吉は上中下と三段にしつらえた席の上段に座り、柱にもたれて突上窓から名残の月を愛でたという。ここはひとつ、茶人風情を気取って晩秋の月見と洒落こもう。今夜の月は孤高の貴婦人の趣で凛とした気品を備えてはいるが、氷の彫刻のような尖った冷たさを感じる。春信の描く美人画のようなたおやかな丸みがない。そう思うのは冷たい夜気のせいもあるのだろうが、どうも今頃の月を見ると、思い出すのは嫦娥(じょうが)という月の女神の物語である。

 昔、この世には十個の太陽があり、大地は灼熱地獄、穀物も全て枯れてしまった。これは十羽の鴉の仕業だということで人々は嫦娥の夫羿(ゲイ)に鴉の成敗を頼んだ。弓の名人だった羿は人々を苦しめている鴉のうちの一羽を残し、あとの九羽を全て撃ち落した。ところが、子供たちを殺された天帝は怒りのあまり、羿と嫦娥から不老不死の力を奪い人間界に追放してしまった。羿は仙人が住むという崑崙山に出向き、仙女の西王母から不老不死の霊薬をもらい受けた。その薬は二人で飲めば永遠の愛を、一人で飲めば不老不死の力を得て天界に戻れるという。嫦娥は夫に内緒でその薬を飲み、自分ひとりだけで天界へ行くのだが、罪の意識から天には戻らず月の宮に留まったという。人間界に置き去りにした夫のことを思うたび、「ああ、わらわは何という悪い妻、何という酷い仕打ちをしたことか」と未来永劫、自責の念に駆られ、嫦娥がどれほどの美人であろうと兎しかいない月では男妾をかこうこともできず、一人寝の寂しさにもんもんとした夜を過ごしているのである。月は天界の京都大原三千院、不老不死に疲れた女が一人お住まいになっている。妻に捨てられた羿は夜毎月を見上げては、「来年の今月今夜・・・再来年の今月今夜、十年後の今月今夜のこの月を俺の涙で曇らせて見せよう」と悔し涙に濡れたことだろう。
月明かりの下で泣いている羿を心の画帖に描いてみた。月を写した海を背景にして、影絵のような羿がいる。どうやら『金色夜叉』の貫一お宮別れの場面と融合してしまったようだが、波間に漂う月の影と青白い月光の中ですぅっと佇んでいる羿の姿がきれいだなぁと、自分で描いた風景を眺めてひとり悦に入っている。

 アメリカの作家ホーソーンは『緋文字』の中でこんなことを言った。
「ロマンスとは、例えば、月光の中で物を見ると、太陽の下で見たときとは違った印象になり、月光に照らされたものはみな、現実の姿を喪失して知性的なものになり威厳を帯びてくる、そして、物から厚みを取り去って最後にはシンボルのようなものになる。このような手法で書いたものがロマンス小説である」
 羿の姿が黒いシルエットだけになって頭に浮かんだのはホーソーンの影響かと思う。それにしても月の光とは不思議なものだ。心の中に渦巻く恨みつらみすら柔らかな浪漫色に染めてしまう。「ザ」行の虫の音が耳障りに聞こえないのも、月の魔力のせいなのかもしれない。

 山里の夜には都会の夜景のような煌びやかな色は何もない。それでも、豊かな色を感じるのはどうしてだろう。その色は赤や青、黄色といったきつい原色ではない。もっと柔らかでゆったりした気分にさせてくれる色である。目に見える夜の色は黒ではなく灰色である。この灰色という色は侘びの感覚に一番近いというが、夜を眺めているうちにいつの間にやら「侘び」の世界に入り込んでしまったのか、それとも月の魔法にかかったのか。まぁ、どちらでもいい。熱いお茶を飲みながら頭を阿呆にして、ただ外を見ていると、益々落ち着いた心持ちになってくる。

 そろそろ線香も終わりに近づいてきた。最後に侘びの話で幕引きにしようと思う。「茶道の稽古をせぬものは侘びを語るな」とは言うが、二十数年続けてきた居合道の作法は全て小笠原流から来ている。この流派には茶道もあるということで、それに免じて少しだけ侘びを語ることを許してもらおう。
灰色は黒と白の調和である。英語で言えばハーモニー。それを図形で表せば「○」になる。実に単純で素朴な形であるが、丸は心和む一番美しい図形だと思っている。侘びとは何ぞやと聞かれたら、薄墨で丸を書く。文字で書いてはうまく説明できない。
以前、京都苔寺の茶室に行ったことがあるが、利休好みというだけあって何もない。質素の極みである。しかし、茶室の中で正座して庭を眺めていると、心の中で波打っていたものが徐々に静まっていくような不思議な気分になった。何かわからないが、ああ、きれいだと思ったことを覚えている。あの時は一瞬だけ、侘びを肌で感じたのかもしれない。
さて、そろそろ夜も更けてきた。線香もまもなく消える。どこか草むらでギギギと鳴いている虫がいるが、なかなか風情があって濁音もいいものだ。
良きかな、良きかな、秋の夜。
さぁ、寝るとしよう。



       (了)


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鈴木春信 作 風呂上がりに秋の庭を見ている女性


※ タイトルの『静夜思』は李白の五言絶句から拝借


床前看月光  床前(しょうぜん)月光を看(み)る
疑是地上霜  疑うらくは是(こ)れ地上の霜かと
挙頭望山月  頭(こうべ)を挙げては山月(さんげつ)を望み
低頭思故郷  頭を低(た)れては故郷を思う


魔女の辞典

「おはようございます」

 芸能界では昼夜を問わず、誰かに会うと「おはようございます」と挨拶します。この不思議な習慣を知ったのは、舞台女優に憧れて劇団に通っていた20代の頃です。私が所属していた劇団は、時々、テレビドラマの脇役で登場する紅 萬子(くれないまんこ)さんと、もと劇団四季のメンバーで立ち上げた小さな劇団でした。随分、昔のことなので、劇団の名前も忘れてしまいましたが、私がいた頃は、唐十郎原作の『腰巻お仙』の稽古をしていたことを覚えています。私はまだ見習い劇団員でしたので、発声練習と柔軟体操が終わった後は稽古場の隅に座って、先輩たちの稽古を見学していました。
劇団のメンバーはみな、昼間は別の場所で働いています。稽古が始まるのは、夜の7時からです。稽古場に入ってくる劇団員たちは、どの人も皆「おはようございます」と挨拶します。夜なのに、何故、みんな朝の挨拶をするのか? これが私には不可解で、役者の世界というのは妙なところだと思いました。劇団の先輩に、何故『こんばんわ』と言わないのか、尋ねたことがありますが、「芸能界の挨拶は、いつでもおはようだよ」というだけで、それ以上の説明はありませんでした。


 今は、わからないことがあれば、インターネットで検索して、答えを見つけることができます。以下の3つは、「何故芸能界の挨拶はおはようか」でインターネット検索して拾った説明です。

1:映画の撮影は夜、スタートする事が多いから、一日の始まりの挨拶である「おはよう」を使う。

2:芸能界は浮き沈みの激しい世界だから、いつも日の目が見れるように、という意味を込めて「おはよう」と挨拶する。

3:歌舞伎界では、真打は一番最後に楽屋入りするが、舞台衣装の着付けや化粧で時間がかかる為、早い時間に楽屋入りする場合もある。そのときに、「今日はお早い事でございます」と言ったのが始まりである。

3番の説がなんとなくそれっぽい気もしますが、もっと詳しく調べれば他にも答えが出てくるでしょう。いろいろな説があるということは、要するに、誰も本当の理由を知らないんだ、と私は思うわけです。そういう時、重宝するのが、毒りんご文庫の『魔女の辞典』です。どんな疑問も、この辞書を調べれば、チチンプイプイでたちどころに答えがわかります。ただし、この辞書は門外不出の非売品です。私しか持っていません。でも今回に限り、私のブログを訪問していただいた皆様にだけ、こっそりお見せしましょう。
そのかわり、この辞書のことは絶対に口外なさいませんように。ここだけの話。よろしゅうございますね。


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『魔女の辞典』 (毒りんご文庫)

監修   魔女同盟




お・はよう・ござ・います
(複合語)

お:もとは感嘆詞「おー」 江戸時代後期に「お」に短縮

はよう:形容詞「早い」の古語

ござ:名詞「ゴザ」 イグサで織った敷物

います:動詞。さ行変格活用
    
    未然形-いませ
    連用形-いまし
    終止形-います
    連体形-います
    仮定形-いますれ
    命令形-いましろ





【意味】

 朝の挨拶。「おはよう」の丁寧語。

 (注) 朝、遅刻してきた人に対して使う場合は、皮肉にとられる場合もあるので使用にあたっては細心の注意が必要。

【語形変化】

1:おはよ

2:おはー

3:おはようさん

4:オッス


【語源】
 飛鳥時代前期。大和地方の豪族が使っていた言葉「オー ハヨー、ゴザ イリマス」(意味:おい、早くゴザがいります)



【「おはようございます」の歴史】

 飛鳥時代初期、日本には『卑弥呼歌劇団』と呼ばれた朝廷直属の歌姫たちがいた。朝廷の皇族たちは祀りごとのたびに歌姫たちを朝廷に呼び、地方豪族たちも交えて盛大な宴を開いた。当時は今のような屋根つきの劇場がなかったので、歌姫たちは屋外に設置した大きな石の祭壇を舞台にして歌と踊りを披露していた。しかし、日によっては宴会が半日以上続くこともあり、直射日光を長時間浴びた歌姫たちの肌にはシミとそばかすが増え、次第に肌の色も褐色に変わっていった。毎晩、ウグイスの糞で洗顔しても、日焼けした肌はなかなか元には戻らなかった。悩んだ歌姫たちは、舞台に立つのは夜だけにしてほしいという嘆願書を朝廷に書き送った。彼女たちの願いは聞き入れられ、それ以降、卑弥呼歌劇団の公演は夜のみとなった。
 その頃の日本は、現在よりも気温が低く、夜になると零下になる場合もあった。宴に集まってきた豪族たちは、寒さをしのぐために敷物のゴザを体に巻きつけたが、ゴザ一枚だけではとうてい寒さを防ぐことはできなかった。客席のあちこちから、くしゃみと鼻をすする音が聞こえ、その音で歌姫たちの歌が全く聞こえないこともあった。卑弥呼歌劇団の創設者であった聖徳太子はこの問題を解決するために、小野妹子を介して隋から高級イグサを取り寄せ、民に命じてゴザを大量に作らせた。出来上がったゴザは朝廷に運ばれ、歌劇団の公演に集まってきた豪族たちに『和同開珎(わどうかいほう』1枚の値段で販売した。
「ゴザ、いりますか?」と石舞台の上から歌姫たちが声をかけると、客席の至る所から、「おー、はよう、ゴザ、いります」という声が聞こえてくる。ゴザはあっという間に売り切れ、商売繁盛、日々、客席は満員であった。やがて、この言葉は歌姫たちにとって、大入り満員を知らせる縁起のいい言葉として受け取られるようになった。




 江戸時代になると、歌舞伎界の歌姫と言われた女形の市川三五十五(いちかわさんごじゅうご)が幕間にゴザをもって舞台に立ち、「ゴザ、いりますか」と客席に向かって呼びかけたのが大受けし、連日、大勢の客が歌舞伎座におしかけた。また、当時は、役者への掛け声も屋号ではなく「おーはようゴザいります」が流行ったと伝えられている。
やがて時代を経るにつれ、言葉が語形変化をおこし、現在使われている「おはようございます」に変わっていった。
 従って、現在、芸能界で使われている「おはようございます」は、飛鳥時代の「おーはようゴザいります」が原義であり、朝の挨拶とは関係ない。「おはようございます」は『大入り満員』『商売繁盛』という意味も込められているということで、現在では芸能界に限らず、お金を扱う客商売などでも使われるようになっている。




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